Fighting Kouichi!


by m.ko-1
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2004年 04月 15日 ( 19 )

個人の意見

「誤解を除くのに集中はしていませんね。たとえば、「経済的利害」「大企業支配」について書くとき、それはあくまでも専門家ではないHiroさん個人の意見の主張に過ぎません。」

んん?
「大企業支配」の部分で主張したのは、遺伝子組み替えに特有の事情があるのか?と言うことだけだと思いますけど?
大企業支配の良し悪しについて意見してるわけではないし、問題がないといってるんじゃないんですよ。問題はあるかもしれないが、遺伝子組み替えに限った問題ではないし、政治的に解決可能な問題ならば、遺伝子組み替えを特別扱いして排除することに合理性はない、と言っています。

「経済的利害」の部分は確かにぼくの「意見」ではありますが・・・それはくまのみさんが話を振ったからだし、・・・意見は言っちゃいけないんでしたっけ?
「あくまでも専門家ではないHiroさん個人の意見の主張」というのはなんとも皮肉がこもっていますが、専門家から見たら、具体的にどこがおかしいと感じたのか指摘して下さいませ。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 23:34 | GMO

現場知らず

「提案型技術開発をしている人に、現場を、社会をあまりにも知らない人があふれているという実態です。そして、その人たちが研究を続けるためには、その人たち自身が自らの社会的有用性を訴えなければならないという構造です。」

「地雷除去の機械を開発する技術者」の例をもって、すべての技術者や研究者の姿勢を批判されているようですが、一をもって十を言うのはよくないと思いますね。
あまり話を一般化されると、単なる悪口に聞こえます。

ぼくも大学での研究実態には魅力を感じられなくなって飛びだしたクチですから、くまのみさんの研究者批判には同意したい部分も多々あるんですけどね・・・
いまは研究者の立場としてリプライするので、なるべく具体的にお願いします。

研究者が「現場を知らない」ために間違った課題の設定をしている、と言うなら、現場を知っている人間が具体的に、その問題設定のどこが間違っているのか、どうすべきなのかというサジェスチョンを与えればよい。そのために「学際的な問題の把握のためのコーディネーションのメカニズムが必要」なのはその通りだと思いますよ。
では、そのために研究者は具体的にどういう行動をとるべきだと考えますか?

「将来的な食料不足に備えるために、収量をあげる研究をする」というのは「現場を知らずの役立たず」な問題設定なんでしょうか?
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by m.ko-1 | 2004-04-15 23:10 | GMO

技術革新

おおおおお、このスピードにはちょっと追いつけないですな。

ちょっとつまみ食いのリプライで、話が前後したり、繰り返しになる部分もあるかも知れませんが、気になったところから。

「技術革新は対処療法には役立っても、問題そのものの解決には役立たない」というのはちょっといいすぎでしょうね。

「100人で100個のものを分ける時に、一人で50個取ってしまう人がいると、1個ももらえない人がたくさん出てくる。技術革新で200個作れるようになっても、公平な分配がなされなければ、やっぱり1個も取れない人が出ててる可能性がある。」
「だから200個作ると言うのは本質的ではなく、公平な分配をすることこそ問題の本質的な解決には大切だ。」
こんな意味に解釈してよろしいですか?

前半の問題提起はもっともでありますが、「パイを増やすことは対処療法でしかなくて、分配方法を変えることこそ本質的」という部分には同意しかねます。

極端な話をすれば、100人いるのに10個しかパイがないと言う状況では、どんなに分配方法を工夫してみたところで、90人はもらい損ねる。
しかし1000個のパイがあれば、分配方法を工夫することで、全員に配ることができるになる。
10個のパイを1000個に増やすことは「問題そのものの解決には役立たない」ですか?

もちろん1000個あったとしても、分配方法によってはやはり多くの人がもらい損ねると言う状況に変わりがないかもしれない。
だから、「パイを増やすこと」のみでは解決に役立たないと言えるかもしれませんが、逆に「100人いるのに10個しかパイがないと言う状況」なってしまったら「分配方法を変えること」だけでは問題の解決には役立たないとも言えます。

「パイを増やすこと」と「分配方法を変えること」は、どちらも欠かすことが出来ない本質的な問題解決の手段なのですよ。

理想を言えば「100人で100個のものをわける」状況が永遠に続くならば、「分配方法を変えること」だけで問題の解決可能でしょうが、現実には「人は増えるが、パイは減る」。技術革新なくしては、パイを増やすどころか維持するのも難しいのではないでしょうか?

将来の世界の食糧問題には、「適切な分配」「人口の抑制」「技術革新」どれも本質的で欠かせないアプローチと考えます。

ただ、くまのみさんのいままでのコメントから察するに、「技術革新」が必要ないというのではなくて、予算分配が間違っている。役に立たないかも知れない研究に大量の金をつぎ込むよりも、そのお金があれば現場でもっと役に立つことができる。「適切な分配」「人口の抑制」「技術革新」の3つのアプローチがあるのなら、日本の場合は「技術革新」の部分に偏りすぎだ。・・・と考えておられるのではないかと思うのですが、どうでしょう。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 22:44 | GMO

その他

「いわゆる反対派」と言う表現が気に入らなかったでしょうか?
いわゆる反対派といったのは、建設的な議論をしないで科学的な装いで誤解を振りまいている人たちのことを揶揄する意図がありますが、建設的な意図をもってGMOの危険性や問題点を指摘する正統的な反対派になかなかお目にかかれないので。

「WTOにおける知的権利をめぐる議論」というのは、例えば「途上国で古来から伝承されている薬用植物の遺伝子を先進国の企業が取って特許化、薬を製造して途上国に売りつけるという事態にならないか?」とか、「今まで使っていたものに特許の網がかけられて、ある日から特許料を支払わなくてはならなくなる」とかと言うようなことでしょうか?

まあそれは、どのようなものに特許権を認めるべきかと言う問題で、技術が悪と言う話ではありませんね。適切な規制をかけるべきだと思います。

ぼくが主張しているのは、「遺伝子組み替えは絶対安全」とか「何が何でも普及すべき」とか「どんなことでも解決できる万能の技術」と言っているわけではなく、
「将来的にも解決の出来ない遺伝子組み替えに特有の危険性というのはない」、「誤解によってこの技術が締め出されようとしている日本の現状は看過されるべきではない」という点にあります。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:58 | GMO

倫理、嗜好

「倫理、嗜好といった文化的なものには、内在的な論理性はある場合があっても、普遍的な合理性を求められるものではありません。」
「そうした議論における科学者の役割は、あくまでも誤解を除くというような限定的なものに留めるべきではないですか?」

ぼくの書いている意図はまさに「誤解を除く」と言う点に集中しているつもりだったのですが、逸脱している部分がありますでしょうか?

確かに宗教に合理性を持ち込むのは無理があるでしょうね。豚や牛を食べろと説得する気はありません。

ただ嗜好に合理性を持ち込むのは、宗教とはちょっと意味合いが異なります。食品の選択はおいしい、まずいだけではなく、体にいいとか悪いとか言う情報に大きな影響を受けます。その体にいいとか悪いと言う判断には科学的な根拠、合理性があってしかるべきじゃないですか?

青汁はまずいが体にいいと思うから飲む人がいる。しかし仮に実は体によくないんだとわかったら飲む人はいないでしょう。体に悪いとわかったうえで、あえて飲もうと言う人まで止めるつもりはありませんが。(あくまで仮の話で、青汁が体に悪いと言うデータがあるわけではありません)
ポリフェノールがいいとなれば赤ワインが売りまくり、ココアだ黒酢だヨーグルトだと次々いろいろな健康食品がブームになるが、そのブームの元となる科学的根拠が正しいのかどうかもわからずにブームに乗るのは賢明とはいえない。

GMOもまさに「体によくないのではないか」と言う誤解こそが、日本で受容されていない原因でしょう。
正確な情報を知った上で、やっぱりいやだ、というのに反対するつもりはありませんが、そんなレベルには達していない。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:54 | GMO

経済的利害

「政治の議論においては、遺伝子組換技術そのものについての科学的な根拠というのはもちろん重要ながら、経済的利害(これには貿易との絡みも大きいでしょう)、倫理的な判断、その他、極端なことを言えばその時の国民の「嗜好」も重要な要素です。」

そのとおりです。自国の農業を守るために遺伝子組み替えを締め出す、と言う政治的判断があるなら、それはそれでもかまわないと思う。本当に自国の農業が守れるなら。

しかし日本が鎖国して生きていけるならともかく、自給率がどんどん低下している現状で自国での組み替え作物の開発、栽培を止めれば、さらに自国の農業が競争力を失ってしまう。見かけ上のGMOを排除したとしても、飼料として、あるいは加工品としてすでに大量のGMOが輸入されている。
経済的利害と言うことに関して言えば、中長期的には、自国での組み替え作物の開発、栽培の禁止は決してプラスになる判断ではないと思います。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:52 | GMO

現場の要望解決型の研究

「理想を言えば、農業の中に身をおいて、そこで出会う問題の解決のために科学者・技術者として働くのがよい」

地方の農業試験場の研究者達は実際のこのようなアプローチを取っていると思います。農業試験場見学に行って説明を聞くと、現場でのニーズを拾い上げて、それを一つ一つ解決していっている様子がうかがえます。

一方で大学や中央の研究所の研究者で、実際の農業をやったことがある人が少ない、現場のニーズを知らない人が多くて、農家の人から見たら一体なんの役に立つんだ?と言う研究があふれているのもまた確かです。

ただそれを、「自分で自分の仕事を社会的に正当化しなければならないということでしょうね。しかも、先に技術があって、後づけで正当化する構図になっているでしょう。」とかたつけてしまうのはどうかと思います。
自分の仕事を正当化する、あるいは仕事を作るために、社会が必要ないといっている物を押し付けようとしている、と言う感じで見られているとしたら、それはかなり悲しいことです・・・

現場の要望解決型の研究ならば、確かに自分で「正当化」などしなくても農家の人に感謝してもらえる。幸せな研究の形ではありますね。でもそういうタイプの研究だけでいいのでしょうか?

今の日本の農家の要望をくみ上げるとしたら、例えばコメであれば、おいしくて高く売れるコメを作ってほしいと言う要望はあっても、収量を上げるという要望は出て来ない。
しかし世界的、あるいは将来的な問題解決には「収量を上げる」と言うことは不可欠な課題です。

必ずしも「こんなものがほしい」と言う声に応える「必要は発明の母」タイプの技術開発だけがよいのではなく、モノがでてきてはじめて、自分だそれを必要としていることに気がつく提案型の技術開発も現実には大きな役割を果たしています。

遺伝子組み替えの夢物語を言えば、
環境(土壌や待機)中の有害物(カドミなどの重金属や排ガスなど)を回収、無毒化する。
過酷環境(塩害、乾燥、貧栄養など)に適応する植物(耕作可能面積を増やす、環境を改善する)
食べるワクチン、食べる医薬品
アレルゲンの除去
医薬品や工業原料の安価で安全な製造
天然物内の毒物(アルカロイドなど)の無毒化
地雷の無力化
などが考えられて、実際に開発や研究が進められていますが、こういうことは農業の現場から上がってくる要望ではないですね。
それでもやっぱりそんなものは必要ないでしょうか。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:51 | GMO

社会のシステム

「国内だけで見ても、地球規模で見ても、「食糧不足」の問題は、公正な経済システムを作れるかどうかということこそが鍵」

別に技術革新がなくとも、社会のシステムを変えれば問題を解決できる、と言うのは確かにそのとおりで、社会のシステムを変える努力は必要だし、本当にそのような社会システムの変革が実現して、遺伝子組み替えが不必要になるのなら、それはよろこぶべきことだと思っています。

じゃあ、社会のシステムを変えればいいんだから、技術革新をしなくていいのか?
もっと様々な選択肢、アプローチの方法が必要ではないのか?ということです。
人口の抑制、公平な食糧分配、従来の技術と言ったアプローチに加えて、技術革新というアプローチを今捨てることは賢い選択ではないと思う。

社会システムの変革がうまくいかなくて、従来の技術だけではどうにも手の打ちようがないという状況になってから、今すぐ新しい技術を開発せよ、と言ってもそれでは間に合わないでしょうね。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:46 | GMO

リプライ

くまのみさん、コメントありがとうございます。
スピードと量に圧倒されます・・・
ちょこちょこリプライさせていただきます。
答えになっていない部分があれば指摘してください。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:44 | GMO

今のままでいい

実は一番キツイのが、これですな。
「別に悪いもんじゃない」と分っている人たちでも、特にいまの日本では、「別に食べるものが無くて困ってるわけでもないし、今のままでいいじゃん。新しいものなんて必要ない」と言うのが本音ではないか。

つまり、反対派の人たちはリスクを誇張して反対するが、サイレントマジョリティーの本音はリスクの大小というよりも、「メリットが見えないため支持する理由もない」というところにあるような気がする。

年間1万人もの死者を出す危険な代物とわかっていても、たいていの人は便利さを求めて車に乗る。
「電磁波が脳腫瘍を引き起こす」とかいちゃもんをつけられたとしても、その情報の真偽よりも便利さから携帯電話も爆発的に普及した。
カップラーメンも一時期「環境ホルモン」とか話題になったときには一時的に売り上げも落ちたようだが、今やほとんど気にすることなく消費されている。

一時期流行った「買ってはいけない」と言う本にはそんなにせ科学のオンパレードで、あらゆる商品にいちゃもんをつけまくっていた。それを読んだ人たちも一時的にはそれらを避けたかもしれないが、結局便利なら、すぐにそんなことは忘れてまた使い始める。

遺伝子組換え食品がカップラーメンになれないのは、便利さ、有用性が理解されていないためだろうが、それ以前に出回っていないのだから、便利さを実感することもできるはずもない・・・

大きなことを言えば、地球規模では将来的に確実に食料不足がやって来る。日本もいつまでも金に任せて食料をかき集められるわけではなかろう。そんな時の解決策のひとつとして遺伝子組換え作物の開発は進めておくべき、と言うのが研究者の大義名分のひとつだ。

しかし現実にいま困っていない人たちに将来の危機を唱えても耳は傾けてもらえない。

それでは携帯やクルマなどと同じように消費者が便利さを実感できるものを開発したらどうか、と言うのがもう一つのアプローチだ。栄養価を高めたものとか、花粉症を抑えるものとか、アレルゲンをなくしたものとかがそれにあたる。

何はともあれ、一旦普通のスーパーに並べられるようになりさえすれば、実はすんなり受け入れられる気がするが、風評を恐れる農家、企業、スーパーの自主規制を解くカギが見つからない。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 02:41 | GMO