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by m.ko-1
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カテゴリ:GMO( 26 )

倫理、嗜好

「倫理、嗜好といった文化的なものには、内在的な論理性はある場合があっても、普遍的な合理性を求められるものではありません。」
「そうした議論における科学者の役割は、あくまでも誤解を除くというような限定的なものに留めるべきではないですか?」

ぼくの書いている意図はまさに「誤解を除く」と言う点に集中しているつもりだったのですが、逸脱している部分がありますでしょうか?

確かに宗教に合理性を持ち込むのは無理があるでしょうね。豚や牛を食べろと説得する気はありません。

ただ嗜好に合理性を持ち込むのは、宗教とはちょっと意味合いが異なります。食品の選択はおいしい、まずいだけではなく、体にいいとか悪いとか言う情報に大きな影響を受けます。その体にいいとか悪いと言う判断には科学的な根拠、合理性があってしかるべきじゃないですか?

青汁はまずいが体にいいと思うから飲む人がいる。しかし仮に実は体によくないんだとわかったら飲む人はいないでしょう。体に悪いとわかったうえで、あえて飲もうと言う人まで止めるつもりはありませんが。(あくまで仮の話で、青汁が体に悪いと言うデータがあるわけではありません)
ポリフェノールがいいとなれば赤ワインが売りまくり、ココアだ黒酢だヨーグルトだと次々いろいろな健康食品がブームになるが、そのブームの元となる科学的根拠が正しいのかどうかもわからずにブームに乗るのは賢明とはいえない。

GMOもまさに「体によくないのではないか」と言う誤解こそが、日本で受容されていない原因でしょう。
正確な情報を知った上で、やっぱりいやだ、というのに反対するつもりはありませんが、そんなレベルには達していない。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:54 | GMO

経済的利害

「政治の議論においては、遺伝子組換技術そのものについての科学的な根拠というのはもちろん重要ながら、経済的利害(これには貿易との絡みも大きいでしょう)、倫理的な判断、その他、極端なことを言えばその時の国民の「嗜好」も重要な要素です。」

そのとおりです。自国の農業を守るために遺伝子組み替えを締め出す、と言う政治的判断があるなら、それはそれでもかまわないと思う。本当に自国の農業が守れるなら。

しかし日本が鎖国して生きていけるならともかく、自給率がどんどん低下している現状で自国での組み替え作物の開発、栽培を止めれば、さらに自国の農業が競争力を失ってしまう。見かけ上のGMOを排除したとしても、飼料として、あるいは加工品としてすでに大量のGMOが輸入されている。
経済的利害と言うことに関して言えば、中長期的には、自国での組み替え作物の開発、栽培の禁止は決してプラスになる判断ではないと思います。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:52 | GMO

現場の要望解決型の研究

「理想を言えば、農業の中に身をおいて、そこで出会う問題の解決のために科学者・技術者として働くのがよい」

地方の農業試験場の研究者達は実際のこのようなアプローチを取っていると思います。農業試験場見学に行って説明を聞くと、現場でのニーズを拾い上げて、それを一つ一つ解決していっている様子がうかがえます。

一方で大学や中央の研究所の研究者で、実際の農業をやったことがある人が少ない、現場のニーズを知らない人が多くて、農家の人から見たら一体なんの役に立つんだ?と言う研究があふれているのもまた確かです。

ただそれを、「自分で自分の仕事を社会的に正当化しなければならないということでしょうね。しかも、先に技術があって、後づけで正当化する構図になっているでしょう。」とかたつけてしまうのはどうかと思います。
自分の仕事を正当化する、あるいは仕事を作るために、社会が必要ないといっている物を押し付けようとしている、と言う感じで見られているとしたら、それはかなり悲しいことです・・・

現場の要望解決型の研究ならば、確かに自分で「正当化」などしなくても農家の人に感謝してもらえる。幸せな研究の形ではありますね。でもそういうタイプの研究だけでいいのでしょうか?

今の日本の農家の要望をくみ上げるとしたら、例えばコメであれば、おいしくて高く売れるコメを作ってほしいと言う要望はあっても、収量を上げるという要望は出て来ない。
しかし世界的、あるいは将来的な問題解決には「収量を上げる」と言うことは不可欠な課題です。

必ずしも「こんなものがほしい」と言う声に応える「必要は発明の母」タイプの技術開発だけがよいのではなく、モノがでてきてはじめて、自分だそれを必要としていることに気がつく提案型の技術開発も現実には大きな役割を果たしています。

遺伝子組み替えの夢物語を言えば、
環境(土壌や待機)中の有害物(カドミなどの重金属や排ガスなど)を回収、無毒化する。
過酷環境(塩害、乾燥、貧栄養など)に適応する植物(耕作可能面積を増やす、環境を改善する)
食べるワクチン、食べる医薬品
アレルゲンの除去
医薬品や工業原料の安価で安全な製造
天然物内の毒物(アルカロイドなど)の無毒化
地雷の無力化
などが考えられて、実際に開発や研究が進められていますが、こういうことは農業の現場から上がってくる要望ではないですね。
それでもやっぱりそんなものは必要ないでしょうか。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:51 | GMO

社会のシステム

「国内だけで見ても、地球規模で見ても、「食糧不足」の問題は、公正な経済システムを作れるかどうかということこそが鍵」

別に技術革新がなくとも、社会のシステムを変えれば問題を解決できる、と言うのは確かにそのとおりで、社会のシステムを変える努力は必要だし、本当にそのような社会システムの変革が実現して、遺伝子組み替えが不必要になるのなら、それはよろこぶべきことだと思っています。

じゃあ、社会のシステムを変えればいいんだから、技術革新をしなくていいのか?
もっと様々な選択肢、アプローチの方法が必要ではないのか?ということです。
人口の抑制、公平な食糧分配、従来の技術と言ったアプローチに加えて、技術革新というアプローチを今捨てることは賢い選択ではないと思う。

社会システムの変革がうまくいかなくて、従来の技術だけではどうにも手の打ちようがないという状況になってから、今すぐ新しい技術を開発せよ、と言ってもそれでは間に合わないでしょうね。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:46 | GMO

リプライ

くまのみさん、コメントありがとうございます。
スピードと量に圧倒されます・・・
ちょこちょこリプライさせていただきます。
答えになっていない部分があれば指摘してください。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 13:44 | GMO

今のままでいい

実は一番キツイのが、これですな。
「別に悪いもんじゃない」と分っている人たちでも、特にいまの日本では、「別に食べるものが無くて困ってるわけでもないし、今のままでいいじゃん。新しいものなんて必要ない」と言うのが本音ではないか。

つまり、反対派の人たちはリスクを誇張して反対するが、サイレントマジョリティーの本音はリスクの大小というよりも、「メリットが見えないため支持する理由もない」というところにあるような気がする。

年間1万人もの死者を出す危険な代物とわかっていても、たいていの人は便利さを求めて車に乗る。
「電磁波が脳腫瘍を引き起こす」とかいちゃもんをつけられたとしても、その情報の真偽よりも便利さから携帯電話も爆発的に普及した。
カップラーメンも一時期「環境ホルモン」とか話題になったときには一時的に売り上げも落ちたようだが、今やほとんど気にすることなく消費されている。

一時期流行った「買ってはいけない」と言う本にはそんなにせ科学のオンパレードで、あらゆる商品にいちゃもんをつけまくっていた。それを読んだ人たちも一時的にはそれらを避けたかもしれないが、結局便利なら、すぐにそんなことは忘れてまた使い始める。

遺伝子組換え食品がカップラーメンになれないのは、便利さ、有用性が理解されていないためだろうが、それ以前に出回っていないのだから、便利さを実感することもできるはずもない・・・

大きなことを言えば、地球規模では将来的に確実に食料不足がやって来る。日本もいつまでも金に任せて食料をかき集められるわけではなかろう。そんな時の解決策のひとつとして遺伝子組換え作物の開発は進めておくべき、と言うのが研究者の大義名分のひとつだ。

しかし現実にいま困っていない人たちに将来の危機を唱えても耳は傾けてもらえない。

それでは携帯やクルマなどと同じように消費者が便利さを実感できるものを開発したらどうか、と言うのがもう一つのアプローチだ。栄養価を高めたものとか、花粉症を抑えるものとか、アレルゲンをなくしたものとかがそれにあたる。

何はともあれ、一旦普通のスーパーに並べられるようになりさえすれば、実はすんなり受け入れられる気がするが、風評を恐れる農家、企業、スーパーの自主規制を解くカギが見つからない。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 02:41 | GMO

大企業支配

さて、いよいよ科学的な議論では反対する根拠がない、となると「農業が大企業に支配されてしまう」という政治的な議論になってくる。

政治的に解決すべき問題なのだから技術を悪者にしないでくれ、というか、大企業支配の問題も遺伝子組み替え特有の問題ではないのだから、遺伝子組み替え反対の根拠にはならない。

大企業支配と言う根拠は遺伝子組み替え作物は種を買ってこなくてはならないから、と言うが、それは遺伝子組み替え作物に限ったことではなくハイブリッド種子にしても自殖して種を取ることはできない。というか、そもそもいまどきは自分で来年撒く種を採るというより、農協で買ってくるもんじゃないのかな?
というか、そもそも遺伝子組み替え作物を作りたくないなら作らなければいいだけのことじゃないの?作りたいなら企業にお金を払う、って言うのは当然のことだと思うが。

たぶん、この議論の元ネタはカナダの農家の話だ。
ある農家が企業の開発した作物を許可なく作っているのを発見したため、その企業がライセンス料を請求した。ところがその農家が主張することには、自分は遺伝子組み替え作物は作っていないのに、交雑して混じってしまったのだ。被害者はこっちだ、と言う話。
つまり遺伝子組み替え作物を作りたくたくもないのに、勝手に交雑した挙句、特許料を請求されるなんて事が起きたらたまらん、ということ。

結局どちらが正しかったのかは知らないが、意図的に遺伝子組み替え作物を作ったのか、たまたま交雑しただけなのかなんて、調べようと思えば簡単だ。
たまたま交雑しただけで、知らないうちに全部組み替え植物に入れ替わるなんてありえないからね。そんな心配はしなくていい。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 02:00 | GMO

抗生物質耐性

遺伝子組み替えをする時には一般に抗生物質に耐性の遺伝子をマーカーとして同時に組み込むことで、組換え体を選抜してくる。

この「抗生物質に耐性の遺伝子」を持った食品を食べることで、腸内細菌に抗生物質耐性遺伝子が移って、抗生物質が効かなくなるのではないか、と言う主張がある。

腸内細菌に抗生物質耐性遺伝子が移る、という可能性は実際あるらしい(異論もあるが)。
しかし、それによって本当に「抗生物質が効かなくなる」のかというのは別の次元の話だ。

まず第一に組み替えに使う抗生物質耐性遺伝子は数種類程度で、その耐性遺伝子を持つ可能性はあるかもしれないが、別の種類の抗生物質を使えば死滅させることが出来る。つまり十分コントロール可能と言うことだ。

つぎに、「抗生物質が効かなくなる」と言うレベルが、実生活におけるほかのリスクと比べてどうか、と言う比較を行う必要がある。具体的に言えば、予防的に大量の抗生物質を飲んでいれば当然耐性菌が出てきて、病院の中でも多剤耐性菌が問題になっている。病院の中に限らず、風邪には抗生物質が効かぬと知ってか、知らずか、調子が悪いとすぐに抗生物質を飲む習慣、あるいは家畜はほとんど日常的に抗生物質を食べさせられているが、そんな肉を食べるのに比べてどうなのか?そんな比較が必要であろう。

そして最後に、抗生物質耐性遺伝子を使うことが遺伝子組み替えの宿命かと言うと、そんなことはない。別の安全なマーカー遺伝子も開発されているし、あるいはマーカーが可食部では発現しないような工夫もある、そして決定的なのは、マーカー遺伝子自体を取り除いてしまう技術もすでに開発されている。

もし本当に抗生物質耐性遺伝子を使うことが問題ならば、遺伝子組み替え自体を拒否するのではなく、抗生物質耐性遺伝子を使っていないものを作れと主張すべきだ。
そういう具体的な主張がされるならば、今すぐにでも改善されるだろう。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 02:00 | GMO

アレルギーの危険

組み込んだ遺伝子がアレルゲンとなる可能性。

これは当然考えられていて、市販が許可される前にアレルゲン性のテストはされている。
そのテストのやり方が十分かどうか、と言うのは議論もあろうが、「アレルゲンとなる可能性があるから組換え作物はよくない」というのは論理的ではない。

そもそもアレルギーを引き起こす食品は、いわゆる天然食品であろうといくらでもある。ミルク、そば、米、大豆、ピーナッツなどなど。

逆に遺伝子組み替えによってそれらのアレルゲンをなくした作物だってできるのだから、むしろアレルギーの危険を言うのであれば、遺伝子組み替え作物の開発を推進すべきであろう。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 01:59 | GMO

交雑の危険

農家の人が一番恐れているのがこれだ。遺伝子組み替え作物がいいか悪いかではなく、自分は遺伝子組み替え作物を植えたつもりがないのに、近所に植えられた遺伝子組み替え作物から花粉が飛んできて交雑してしまう。
実際に交雑したかどうか、ということより、「あそこのには遺伝子組み替えのが混じってるぞ」という風評を何より恐れる。

BSEでもトリインフルエンザでも、無認可香料、ダイオキシンなどなど、近年食をめぐる様々な事件がおきているが、どれも「実際にどれほどの危険があるか」よりも「風評」の危険が生産者にとっては深刻な事件だった。どの事件でもその食品を食べて死んだ人は誰もいないが、風評被害で自殺した人は何人もいる。

だから農家が「面倒なことはよしてくれ」というのは理解できるが、論理的なことを言えば、「交雑の危険があるから遺伝子組み替えはダメだ」ということはできない。

交雑の確率から干渉帯を設ければ、交雑の確率はゼロにはならなくても、実質的に無視できるレベルになる。
完全な「ゼロ」を求めるのであれば、コシヒカリの近くでササニシキを育てていたらコシヒカリ100%と表示することは出来ないと言っているのと同じだ。

また、技術を改良すれば完全な「ゼロ」を求める事だって出来る。花粉が出来ない作物にすればよい。実際そのような研究もされている。

いわゆる反対派が持ち出す「交雑の危険」というのは農家の人が言うのとちょっと意味合いが違う。農作物との交雑ではなく、雑草との交雑が「生態系を乱す」というのだ。除草剤耐性の遺伝子が雑草に移って「スーパー雑草」が出てくる危険性を指摘する声もある。

「生態系を乱す」と言う部分についていえば、「生態系とは何ぞや?」である。
遺伝子組み替え作物に限らず、外国由来の生物すべてに対してそのような主張がある。日本古来のもの以外は排除せよ?そんなこといったらほとんどすべての作物は育てられませんな。

「スーパー雑草」の件は除草剤耐性を持った遺伝子組み替え作物に限ったことだから、遺伝子組み替え作物一般に話を広げるのはおかしい。
また実際の話としては、除草剤耐性を持った遺伝子組み替え作物を育てる方が使用する除草剤の量は少なくて済むから、「スーパー雑草」の出現する可能性はむしろ少ないという説もある。

いずれにせよ、花粉を作らない遺伝子組み替え作物であればこういった問題はないのだから、遺伝子組み替え作物に反対するのではなく、花粉を作らない遺伝子組み替え作物を作れと主張すべきですな。
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by m.ko-1 | 2004-04-15 01:58 | GMO