Fighting Kouichi!


by m.ko-1
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電話勧誘

よく電話で投資の勧誘がかかってくるが、果たして効果あるのだろうか?
こういう電話はさっさときっぱり断るのが一番いいのはわかっているが、会社にかかってくると一応用件を聞かねばならぬし、なんとなくぞんざいな対応はしにくくて、ついつい話を長いこと聞かされることも多い。
話は聞くがこっちはどううまく断ろうかしか考えていない。あっちは断り文句をつぶすマニュアルで、徹底的にこっちの断り文句をつぶす作戦にでる。
こっちは断る口実があろうがなかろうが誘いに乗る気は毛頭もないし、あっちは断る口実がなんであろうと納得して引き下がるわけではないのだから空しい攻防だ。ひまな時は話し相手をすることもあるが、結構失礼極まりないやつもいる。断る口実をつぶせなくなってくると、いきなりテンションが下がって無言で電話を切ったり、性懲りもなくまた次の日かけてきたりと・・・はっきり言って迷惑なだけなのだが。
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# by m.ko-1 | 2004-03-15 18:51 | 4x3

おことわり

文章中の具体例(株価など)は、記憶にもとづいて書いているので必ずしも正確ではない可能性もありますので、ご注意ください。
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# by m.ko-1 | 2004-03-15 14:57 | top

経済的自由

資産運用のひとつの大きな目的は経済的な自由を目指すことだ。
別にロバートキヨサキが言っているような、ヤングリタイヤを目指すわけではないのだが・・・

経済的な自由の目的の一つは生活防衛。自分も妻も決して安定した職場ではないから、職を失った時に路頭に迷わないように、最低限の生活費は本職以外で手に入れる術を身につけておく必要がある。
職を失う危険のない公務員をやっていたとしても、老後を考えたら一世代前の資産運用法では不安が残るだろう。つまり一戸建ての家をローンを組んで買って、あとは銀行の預金と保険と退職金と年金に頼るというプラン。
保険や銀行の利回りは高いし(ホント、銀行の預金で5%とか8%とか、今考えると元金保障でそんな利率がついたらすごいことだ)、土地の値上がりも期待できたし、退職金や年金も確実に出るという時代にはそれで十分。あとはリストラされないように会社にしがみついておけば生活は安泰だ。
しかし今では、保険や銀行の利回りはないも同然だし、土地は都心の一部を除いて下がりつづけているし、退職金や年金だって当てにはならない。

次に職業の自由の確保。仕事を辞めたとたんに生活に困るようでは、仕事の内容に疑問を感じても容易に辞めることは出来ない。うちの会社はワンマン経営で研究の方針にもいろいろ疑問を感じることもあるが、「じゃあ辞めろ」といわれても困るので、何度か社長に直言に行こうかと思ったこともあるが思いとどまっている。新しく興味のある仕事を見つけたとしても給料の制約があるし、留学をしたいと思っても生活費の裏づけがなくては出来ない。生活を人質に取られているとサラリーマンの悲哀を味わうことになるのだ。
逆にいつでも辞めることができるとなると、雇われ人といえども強くなれる。

さらに「働かなくても好きなだけのお金が手に入るとしたら、何をするか?」という質問は自分の天職を考える上で役に立つ。職業の第一の目的はお金を得ることだから、その前提がなくなったときに何をするか、それがわかれば本当に目指すべき職業も見えてくるだろう。
今の職業にそれなりにやりがいを感じて、それなりに満足していたとしても、それは生活を人質に取られて知らず知らずに自分で自分をだましているだけではないのか?単なる惰性ではないのか?そんな意識改革を促すこともできる。

生活防衛にしても職業の自由にしても、飛びぬけた才能と実力を持っていれば問題ない。本職以外に目を向けるより、本職を磨くことに専念した方がよい。というのもひとつの正論ではあるが、暴論でもある。
どんなにそれが天職と思って一心不乱に努力しても、ほとんどの人はイチローになることはできない。2−3年プロで活躍できればかなりいいほうだ。野球以外知らないと、その後はラーメン屋でもやることになる。(別にラーメン屋がよくないというわけではなく、本来やりたいことをやれないという意味なので誤解なきよう)

最近は多分こういうことは誰もが漠然とでも考えているのだろう。新聞でもリストラだの年金だの毎日不安をあおるような記事が載っているし、金持ち父さんとか年収300万時代とかのお金本やマネー雑誌が売れまくっているし、普通の週刊誌にすら「これから10倍になる厳選銘柄100」みたいな記事があふれている。(自分は見出し以外読んだことはないが。) 

そんな不安な雰囲気に乗じるような資産運用の勧誘も実に多い。
ゴールドラッシュで儲けたのが鉄道をひいたり、つるはしなどの道具を売ったり、ジーパンを作った人たちだけだったというように、今回も結局儲けたのは、不安に乗じた本や雑誌や証券会社だけということにならないように冷静に判断しなくてはならない。
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# by m.ko-1 | 2004-03-15 13:47 | 4x3

常識?定説?迷信?

子育ての常識というのも、時代や国によってもころころ変わるもののようだ。赤ちゃんの寝かせ方とかへそおの処理とか、ベビーパウダーとか、日光浴とか、胎教とか幼児教育とか。
かつての生活習慣では意味のあったものが、今の生活習慣の中では意味を持たなくなったものとか、あまり科学的根拠もなかったけれど、一時的に流行して廃れたものとか(健康食品の類はこればっかりですな)、新たな科学的知見に基づいてかつての常識が否定されたりとか。
それぞれの常識の変化がどれにあたるのか、気になる。

最近気になったのが、「出産後は細かい字を読むべからず」というもの。入院中や家にこもっている間がやけにひまそうだから、本や雑誌を買ってきたり借りてきたりしているが、自分達の親の世代からは何度も「細かい字は読んじゃダメ。あとで目が悪くなる」という注意を受けた。これが一人からではなくいろんな人から言われる。入院中に別の人のところに来たお母さんも同じことを言っているのを聞いた。
いろいろな人から言われるのを聞くと、単なる個人的な経験から来るものではなく、少なくとも10~20年前には広く通用していた常識のようだ。
ところが病院からは何も言われないようだし、出産関係の雑誌や本でも見たことがない。そんなに重要なことなら当然病院でも注意を受けると思うのだが・・・?
「出産後は細かい字を読むべからず」というのは果たして根拠のあることなのか?それとも単なる迷信だったのか、そのあたりの真相をご存知の方はご教授願いたい。

あ、ちなみにコウイチのへその緒は数日前にきれいに取れました。今ではでべそでもなく、普通のきれいなおへそになっています。取れたへその緒はとても短くて、へその緒というより変な黒いかけらというか・・・
確か自分のへその緒はうなぎの肝の干物みたいなのだった気がするけど、それとはだいぶ違う。
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# by m.ko-1 | 2004-03-15 10:33 | Kouichi

ヘルプ

赤ちゃんがいる生活は大変だよ〜、特に最初は。とか良く言われる。それで最近子どもが産まれた2人の友達は実家の側に引っ越した。里帰り出産する人もいる。

うちも妊婦のために去年引越しをしたが、どちらの実家にも近くはない。勤務地が東京と茨城だから、その中間辺りに住むしかないのだ。
あと3カ月ほどで妻が仕事に復帰する予定だが、それからの生活の方が一体どうなるのか?と言う不安を感じる。どちらの職場も家から1時間程度はかかるから、保育園までの送り迎えを一体どうしたらいいのか・・・
そんな時は実家が近くにあって保育園の送り迎えのどちらかでも頼めたらどんなに助かるだろう、と思わないではないが、無い物ねだりをしてもしかたがない。

3ヶ月後からは嵐のようにあわただしい日々が来そうな予感がしているが、今は妻が家にずっといるんだから、まあなんとかなるさ、と思っていたが、やっぱりそれなりに大変だった。

赤ちゃんの世話は基本的に、ミルクを飲ませ、おむつを換えて、夜に一緒にお風呂に入ると言うことで、一つ一つの作業は大したことはない。原因不明の夜泣きもほとんどないのもとても助かる。会社の方も上司も部下も理解があってちょこちょこ早退したり、定時に帰ることもできる。
しかし、会社にいられる時間が短くなるとちっとも仕事が進まない。実験も失敗続きだし、年度末で仕上げなくてはならない書類も溜まっているが、ますますたまっていくばかりだ。
妻は出産後は安静にしていなさい、と言う教えを忠実に守って、子どもと寝てばかりいるから(イヤ、妻が何もしてないと言いたいのではなくて、きっちり育児を頑張ってますよ)、食事の用意やかたつけや洗濯にこういちの風呂と、休むヒマが無い。外での手続きとか買い物にも走り回らなくてはならない。
もともと自分は平日は4時間くらいしか寝ないで、土日にまとめて寝る生活をしていたが、その4時間の睡眠も途中で起こされるとなるとかなりきつい。土日もまとめて寝ることができない。

一つ一つのことは大したことはないのだが、すべて重なって来たのがまずかったのか、体も変調をきたして、首がしょっちゅうつって動かせなくなったり、背中が猛烈に痛くて息をするのもきつくなったりした。仕事がたまっていくフラストレーションやらで精神的にも余裕がなくなってきていた。

そんなおりに妻の母が佐賀から一週間ヘルプに来てくれた。まあ正直言うと特に手伝ってもらうこともないんだけど、と、来てもらう前は思わないでもなかったのだけど・・・結果的にはお母さんが来たことでぼくが寝室を追いだされて書斎の机の谷間に寝ることになったのが、とても助かった。朝まで熟睡ができる。そのせいか、お母さんに来てもらってから2日くらいで体中の痛みがだいぶ和らいできた。
もちろん、会社から帰るとうちでは普段買わないような高級食材を使ったおいしい食事が待っているし、買い物やら掃除やらかたつけもやってもらえるのもありがたい。

自分が大変だということばかり書いてしまったが、もちろん妻も大変だ。昼も夜もなく、完全に赤ちゃんに合わせた生活をしなくてはならない。しかも一日のうちほとんどをしゃべることもできない赤ん坊と2人だけで過ごさなくてはならない。外に気分転換にでることもできない。
そんな生活では精神的にまいってしまうのではないか、というのがとても心配で会社からもなるべく早く帰るようにしていたが、自分も精神的にあまり余裕がなかったし、お母さんが来る直前の家庭内の雰囲気はかなりやばかったかもしれない。
お母さんに来てもらって妻の精神状態も復活したような感じがするし、そのおかげでぼくも会社で多少遅くまで仕事ができたし、体の変調も直ってきた。お母さんに来てもらって本当に助かりました。
ただ、お母さんはあまりよく寝ることができなかっただろうし、お父さんは佐賀でひとりで大変だったんじゃないかな? 申し訳ないです。
明後日からはまた赤ちゃんと3人の生活に戻るけれど、妻も自分もかなり復活できたのでまたしばらく頑張れるでしょう。
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# by m.ko-1 | 2004-03-14 02:57 | Kouichi
ブログのロゴイメージのところに載せた写真は、ミルクを飲みながらファイティングポーズをとっているこういち。なかなかいい構えだ。
ミルクを飲むときは真剣勝負。飲み始めの頃はこうやって気合いを入れているが、だんだんコブシもほぐれてだらーんとなってくる。しまいには目がしろめをむきつつ、口だけは何とか動いているというかんじ。
お風呂に入ったときも最初のうちは体中をぴんと伸ばして、キックしたり、コブシを握りしめているが、これまたしばらくすると体中が脱力してくるのが面白い。

寝たきりのくせして最近はだいぶモモとか太く立派になってきた。ちっちゃくって、触ると壊れそうな感じのかわいさはもうあっという間に過ぎていこうとしている。見逃さないようにしなくちゃ。
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# by m.ko-1 | 2004-03-14 01:17 | Kouichi

おおざっぱ

赤ちゃんは見てて飽きない。寝てても顔はくるくる七変化するし、手足もぴょこぴょこ良く動く。そうやって赤ちゃんばかりじいーっと眺めていて、ふと連れ合いの顔を見たとき、何って大ざっぱ、というか、おおづくりというか・・・、こんなだったか知らん、と驚く。
その後、ふと風呂の鏡の中の自分を見たら、んん〜?なんだ?こんな顔だったか?とまた驚いた。
赤ちゃんがいる生活の副作用。
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# by m.ko-1 | 2004-03-14 01:16 | Kouichi

公開

このブログは人に読まれることを前提にして書いてない、といっても、公開している以上、人に読まれる可能性がある。

「書く」ということは自分の考えをまとめるうえでも役に立つので、昔からちょこちょこ書いてきた。頭の中だけで考えているとぐりぐり同じ考えが巡ってきて眠れなくなったりすることもあるが、一旦書き下ろしてしまえばすっきりする。

ケンカなどして頭に血が上っているときにも、何に対して自分が怒っているのか書きだしてみると案外すぐ冷静に戻ることができるのだ。まあ最近はそんな頭に血が上ってどうにもならないなんてことはないが、中学生くらいの時は兄弟げんかとか親とのケンカとかよくあった。そんな時は相手の悪いところとか自分の正当性とかぐるぐる頭を巡って、怒りがどんどん増幅されて暴れずには収まらなくなるが、そんな時に頭の中だけで考えずに紙に文章として書きだしてみると、10個も20個もあるように思った相手の悪いところが実は2つ3つしかなかったり、そうこうしているうちに冷静さを取り戻してくるとその2つ3つもそれほどのものではないことに気づいたりするのだ。
反抗期で手のつけられないこどもがいたら、主張を紙に文章として書かせるのがいいかもしれない。・・・反抗しているんだからそんなこと言っても聞いてもらえないかもしれないが。

話がだいぶずれてきたが、そうやって書き下ろした文章を人に読まれるというということに対しては、ちょっと複雑な思いがある。自分の考えをひとに知ってもらいたいと言う欲求は自分にも当然あって、たくさんの人に読んでもらいたい、感想や意見を聞きたいという思いもある一方で、日記を人にのぞかれると思わず隠したくなるような、そんな気分もする。

人に読まれると言うことを意識しだすと、思ったことを何も考えずに書き下ろすというわけにもいかなくなってくるのだ。会社の人が見るとなると、会社のことは書きにくくなる。
誰にも知らせなければ、ほとんど読まれることもなく、公開する意味もない。しかし誰に知らせるかによって、書くスタイルも変えざるを得ないので、誰に知らせるかはまだ決めあぐねて誰にも知らせていなかったが、妻がこのページにリンクを貼ったらしい。と言うことは、妻のHPの読者がやってくる可能性があるのか・・・
妻のHPの読者は誰なんだろう、ちょっと気になる。
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# by m.ko-1 | 2004-03-13 03:38 | top